その腹痛、本当に大丈夫?消化器内科医が教える「ヤバい腹痛」の見分け方と原因

    「お腹が痛い…」 この症状は、風邪の次に誰もが経験する、最もありふれた体調不良かもしれません。

    しかし、私たち消化器内科医にとって、「腹痛」は最も緊張感を持って向き合う症状の一つです。なぜなら、その背後には、ただの胃腸炎から、一刻を争う命に関わる病気まで、実に様々なドラマが隠されているからです。

    「この腹痛は、家で様子を見ていいの?」

    「どんなサインがあれば、病院に行くべき?」

    「夜間救急に行くべきか、朝まで待つべきか…」

    多くの方が、この判断に迷われた経験があるのではないでしょうか。

    今回は、そんな皆さんの不安にお答えすべく、数多の腹痛を診てきた専門医の視点から、

    「ただの腹痛」

    「ヤバい腹痛」

    を見分けるための具体的なセルフチェック法と、その原因となる代表的な疾患について、徹底的に解説していきます。

    【1】まずはセルフチェック!病院を受診すべき「7つの危険なサイン」

    腹痛で病院に行くべきか迷った時、まず以下の7つのサインがないか確認してください。一つでも当てはまれば、自己判断で様子を見ずに、医療機関を受診することを強くお勧めします。

    サイン1:徐々に、しかし確実に痛みが強くなっていく

    「最初は我慢できたけど、だんだん冷や汗が出るほど痛くなってきた…」 

    これは非常に重要なサインです。ウイルス性胃腸炎などの痛みは、数時間のうちにピークを迎えた後、波が引くように和らいだり、下痢をすると楽になったりすることが多いです。

    しかし、虫垂炎(盲腸)や胆嚢炎など、お腹の中で炎症がじわじわと悪化している病気では、時間が経つにつれて痛みが一方向に、階段を上るように強くなっていく傾向があります。ご自身が「これは尋常じゃないかも」と感じる痛みに変わってきたら、迷わず受診しましょう。

    サイン2:38度以上の発熱を伴う

    腹痛に加えて悪寒を伴うような高熱が出る場合、それは腸管の局所的な炎症が血液中にまで波及し、全身的な反応を引き起こしている証拠です。体中の免疫細胞が「緊急事態だ!」と認識し、サイトカインという物質を放出することで熱が出ます。単なる胃腸炎ではない、虫垂炎、胆嚢炎や憩室炎、腎盂腎炎などの重い細菌感染症を疑います。

    サイン3:吐き気・嘔吐が続き、水分すらとれない

    胃腸炎でよく見られる症状ですが、侮ってはいけません。特に、水分を口にしてもすぐに吐いてしまう状態が続くと、体はあっという間に脱水状態に陥ります。脱水が進むと、腎臓への血流が減って腎機能が低下したり、電解質バランスが崩れて足がつったり、最悪の場合は意識障害を起こすこともあります。

    特に高齢者やお子さんは、脱水が急激に進行するため、早めの点滴治療が必要です。

    サイン4:おならも便も全く出ない

    「お腹がパンパンに張って苦しいのに、おならすら出ない」 これは腸閉塞(イレウス)を強く疑う典型的な症状です。腸の中で食べ物や便の流れが完全にストップしている状態を示します。

    特に過去にお腹の手術(帝王切開や婦人科手術、胆嚢摘出術など)を受けたことがある方は、お腹の中で腸同士が癒着し、それが原因で腸閉塞を起こしやすい(癒着性イレウス)ため、特に注意が必要です。

    サイン5:血便、または黒いタール状の便が出る

    便に血が混じるのは、消化管のどこかから出血している明確なサインです。

    ○鮮血便(真っ赤な血): 主に大腸や肛門からの出血です。大腸憩室からの出血や、虚血性腸炎、そして大腸がんなどが考えられます。

    ○黒色便(タール便): イカ墨や海苔の佃煮のように真っ黒でドロっとした便は、胃や十二指腸からの出血を意味します。

    なぜ胃の出血で便が黒くなるのか?それは、血液中のヘモグロビン(赤い色素)が、胃の強力な酸(胃酸)によって酸化され、黒い「ヘマチン」という物質に化学変化するからです。まさに、お腹の中で起きている化学反応の結果なのです。

    サイン6:痛む場所が移動する(特に、みぞおち→右下腹部)

    「最初は胃のあたりがキリキリ痛かったのに、半日経ったら右の足の付け根あたりがズキズキ痛くなってきた」

    これは、急性虫垂炎(盲腸)に極めて特徴的な「移動痛」と呼ばれるサインです。

    なぜ痛みが移動するのか?最初の「みぞおちの痛み」は、虫垂の炎症が始まったことによる、場所がはっきりしない漠然とした「内臓痛」です。

    その後、炎症が進行して虫垂の外壁を覆う「腹膜」にまで達すると、痛みの神経が変わり、場所がピンポイントでわかる鋭い「体性痛」に変化します。

    この痛みの質の変化が、「移動」として感じられるのです。

    サイン7:体を動かすと、お腹に響く

    歩いたり、咳をしたり、車の振動がお腹に響いて痛い。これは、内臓の炎症が、お腹の内側を覆う壁である「腹膜」にまで広がっているサイン(腹膜炎)です。

    腹膜炎は、緊急手術が必要になることも多い、非常に危険な状態を示唆する重要な所見です。

    【2】医師はここを見ている!「入院」が必要になるケース

    外来で患者さんを診察する際、私たちは表情や歩き方(体をかがめて、そろそろと歩くなど)、痛みの訴え方など、五感をフルに使って重症度を判断しています。

    その上で、以下の客観的な所見が認められた場合、入院での精密検査や治療が必要になります。

    ○持続する強い腹痛と「腹膜刺激症状」

    診察で、お腹をゆっくり押し、パッと離した時に激痛が走る「反跳痛(はんちょうつう)」や、お腹が防御反応で板のように硬くなる「筋性防御(きんせいぼうぎょ)」という所見があれば、それは炎症が腹膜にまで及んでいる証拠。

    お腹の中で「火事」が起き、壁に燃え移っているような状態です。これは入院の絶対的な適応です。

    ○血液検査で高い炎症反応が出ている

    採血で測定するCRP(炎症マーカー)や白血球の数値は、体内の炎症の強さを客観的に示します。CRPは体内で炎症が起きると肝臓で作られるタンパク質で、白血球は細菌と戦う兵士です。私たちは、CRPが10以上、白血球が15,000以上といった高い数値を見ると、体内で大規模な戦闘が起きていると判断し、入院での強力な抗生剤治療(点滴)を検討します。

    ○画像検査で「緊急事態」が確認された

    腹部のX線やCT検査は、腹痛の原因を突き止めるための最も強力な武器です。画像で、腸に穴が開いている(フリーエア)膿の塊(膿瘍)ができている、腸がパンパンに張って詰まっている(腸閉塞)といった所見が見つかれば、即入院となります。

    【3】緊急手術も!

    ここでは、腹痛の原因となり、時に緊急手術が必要になる代表的な疾患を、その特徴と共に解説します。

    1 急性虫垂炎(盲腸)

    ○特徴:みぞおちの痛みから始まり、徐々に右下腹部へ痛みが移動。発熱や吐き気を伴うことが多い。

    ○治療:軽症であれば抗生剤で炎症を抑える「保存的治療(散らす治療)」も可能ですが、炎症が強い場合や、糞石(便の石)が詰まっている場合、破裂(穿孔)の危険がある場合は、腹腔鏡による虫垂切除術が標準治療です。

    2 急性胆嚢炎・胆石症

    ○特徴: 脂っこい食事の後などに、右の肋骨の下あたりに激しい痛み(胆石発作)。発熱や嘔吐を伴うことも。

    ○診断:診察で右肋骨の下を押しながら深呼吸をしてもらうと、痛みで息が止まる「マーフィー徴候」が陽性になります。

    ○治療:まずは絶食・点滴・抗生剤で炎症を鎮め、状態が落ち着いてから胆嚢を摘出する手術を行います。

    3 消化管穿孔(胃や大腸に穴が開く)

    ○特徴:「突然バットで殴られたような」と表現されるほどの、人生で経験したことのない激烈な腹痛で発症します。

    ○治療:腹膜炎を引き起こしている場合、原則として緊急手術が必要です。穴を塞ぎ、お腹の中を大量の生理食塩水で洗浄します。

    4 腸閉塞(イレウス)

    ○特徴:周期的に襲ってくる激しい腹痛、嘔吐、お腹の張り、排便・排ガスの停止。

    ○治療:まずは鼻から胃までチューブを入れ、溜まった消化液を抜く「減圧」と、絶食・点滴が基本です。しかし、腸がねじれて血流が途絶える「絞扼性(こうやくせい)イレウス」を疑う場合は、腸の壊死を防ぐために緊急手術が必要になります。

    5 急性膵炎

    ○特徴:みぞおちから背中にかけて突き抜けるような激しい痛み。アルコールの多飲や胆石が原因となることが多いです。

    ○治療:基本は絶食と大量の点滴による保存的治療ですが、重症化すると多臓器不全などを引き起こす、非常に恐ろしい病気です。

    【4】まとめ:あなたの腹痛、どう動くべきか

    最後に、腹痛を感じた時にどう行動すべきか、3つのステップでまとめます。

    1 自宅で様子を見るレベル:痛みが軽く、一時的で、他に症状がない場合。市販の整腸剤などを服用し、消化の良いものを食べて安静に。

    2 診療時間内に外来を受診するレベル:痛みが半日以上続く、徐々に強くなる、下痢や嘔吐があるが水分はなんとか摂れる。上記の「7つの危険なサイン」に1〜2つ当てはまる場合。

    3 救急外来・救急車を検討するレベル: 我慢できないほどの激痛、冷や汗、意識が朦朧とする、大量の血便や吐血がある場合。迷わず救急外来を受診、あるいは救急車を要請してください。

    腹痛は、体からの大切なメッセージです。そのメッセージを正しく受け取り、適切な行動をとることが、ご自身の健康を守る上で何よりも重要です。「これくらい大丈夫」と過信せず、不安な時は、ぜひ私たち専門医にご相談ください。