「乳酸菌の整腸剤って、腸には良さそうだけど、胃の痛みや胃もたれにも効くんですか?」
外来でよくいただくこんな質問をテーマに、今回は専門医が最新の知見をもとに解説します。
整腸剤は腸だけの薬?実は“胃”にも働きかけている
多くの人にとって整腸剤は「腸の薬」というイメージが強いと思います。
テレビCMでも、腸のイラストや「おなかスッキリ」といった表現が多く、便秘や下痢の改善薬として紹介されることがほとんどです。
実際、乳酸菌を中心とした整腸剤は、
- 腸内環境を整える
- 便秘や下痢などの便通異常を改善する
- 腸内細菌のバランス(腸内フローラ)を整える
といった目的で使われてきました。
一方で「胃」についてはどうでしょうか。
胃は強い酸(胃酸)が分泌されるため、飲んだ乳酸菌はそこで多くが死んでしまうと考えられてきました。
そのため、「乳酸菌は胃にはあまり関係ない」「胃の症状には胃酸を抑える薬で対応する」というのが、これまで一般的な考え方でした。
しかし近年の研究では、
- 乳酸菌を含む整腸剤が、ストレス性の胃痛や胃の不快感をやわらげた
- マウスの実験で、乳酸菌を多く投与すると胃粘膜の炎症やただれが改善した
といった報告が相次いでいます。
つまり、整腸剤は「腸の薬」という枠を越えて、胃の不調にも働きかける可能性があることが分かってきたのです。

「生きた菌」より「死んだ菌」が胃に良い?乳酸菌の新しい常識
乳酸菌というと、「生きたまま腸まで届く」「生きている菌こそ価値がある」といったイメージが強いかもしれません。ところが、胃の症状に対しては、むしろ死んだ乳酸菌(死菌)”のほうが重要だというデータが出ています。
生きた乳酸菌=良い
死んだ乳酸菌=効果が弱い
と考えられがちですが、これは大きな誤解です。
研究では、胃の症状改善に効果があったのは “死菌” のほうでした。
死菌には次のような特徴があります。
■死菌(しきん)の特徴
- 胃酸に強く、腸に届きやすい
- 大量に摂取できる(生菌は数が少ない)
- 菌体成分が免疫に直接働く
- 腸から胃へ間接的に良い作用を届ける
生菌は胃酸で多くが死滅してしまうため、腸まで届く量が少なくなります。
一方、死菌は大量に摂取が可能で、免疫細胞に強い刺激を与えることができます。
これが後述する 胃粘膜保護 や ストレス性胃痛への改善 につながります。
研究では、乳酸菌を少量与えた場合よりも、数を多く与えた場合のほうが胃粘膜への保護作用が高かったことが示されています。そして、その「数を多くする」ためには、死菌という形のほうが都合が良いのです。
従来の「生きた菌=良い」というイメージだけでは説明できない新しい働き方が、乳酸菌にはあるといえます。
ストレス性の胃痛・胃もたれに乳酸菌が役立つ仕組み
現代の外来で非常に多いのが、「検査では異常がないのに、胃が痛い」「胃もたれが続く」といった相談です。
胃カメラで潰瘍やがんが見つかるケースはむしろ少なく、多くは“ストレス”や“自律神経の乱れ”が関係した機能的なトラブルです。
胃や腸の動きは自律神経にコントロールされています。ストレスがかかると、
- 胃酸が出すぎてキリキリ痛む
- 胃の動きが強くなりすぎて痙攣のような状態になる
- 逆に動きが悪くなって、食べたものがいつまでも残っている感じがする
といった症状が出やすくなります。
乳酸菌がこうしたストレス性の症状に効果を示した理由としては、
腸と脳、そして胃をつなぐ「腸-脳-胃」のネットワークに、乳酸菌が良い影響を与えている可能性が考えられています。
実際、ストレスを抱える人に乳酸菌入り整腸剤を投与した研究では、
胃痛や胃の不快感がプラセボ(何も入っていない錠剤)より有意に改善したと報告されています。
乳酸菌は「お腹の調子を整える」だけでなく、「ストレスによる胃の不快感」を和らげる一助にもなり得るのです。

腸の免疫スイッチ「パイエル板」と胃粘膜保護の深い関係
乳酸菌が胃に直接届いて働いているわけではない、という点も重要です。
鍵を握っているのは、小腸の粘膜に存在する「パイエル板」と呼ばれる免疫の拠点です。
パイエル板は、腸の中に入ってきた細菌やウイルス、食べ物の成分などをチェックし、
全身の免疫のバランスを調整する“司令塔”のような役割を担っています。
大量の乳酸菌(とくに死菌)は、このパイエル板の免疫細胞を刺激し、
- 胃や腸の粘膜を守る物質の分泌を促す
- 炎症を抑える方向に免疫の働きを誘導する
といった間接的な作用を引き起こすと考えられています。
つまり、
「乳酸菌が腸で免疫スイッチを押す → その影響が胃の粘膜にも波及する」
というルートで、胃が守られている可能性が高いのです。
この考え方に立つと、「腸の調子を良くすることは、そのまま胃の健康にもつながる」ということが、よりイメージしやすくなるのではないでしょうか。

乳酸菌が向いている人/専門医が推奨する使い方
先生方の経験でも、胃カメラで問題がないのに胃の症状だけ続く人はとても多いといいます。
特に以下のタイプには、乳酸菌が有効である可能性が高いです。
■乳酸菌が合いやすい人
- ストレスで胃が痛くなる
- 胃もたれが慢性的に続く
- 食後に胃が重い・ムカムカする
- 胃酸を抑える薬を長く使いたくない
- 検査では異常なしだが不調がある
- 自律神経の乱れを感じる
こうした“胃の機能性トラブル”に対して、
腸→免疫→胃を整えるアプローチは非常に理にかなっています。
こうしたケースでは、胃薬だけでなく、乳酸菌を含む整腸剤を併用することで、症状が和らぐ可能性があります。
ただし、乳酸菌ですべての胃の病気が治るわけではありません。
強い痛みが続く、体重が急に減る、貧血がある、黒い便が出る、といった場合は、
胃潰瘍やがんなどの重大な病気が隠れていることもあるため、必ず内視鏡検査を含めた精査が必要です。そのうえで、命に関わる病気はないと分かった方が、
日常的なケアとして乳酸菌を取り入れていく。
この順番を守ることが、安心して続けるためのポイントです。
まとめ:腸から整えることで、胃の悩みも軽くできる時代へ
乳酸菌というと、どうしても「腸の薬」というイメージが先行しがちですが、
最新の研究や臨床経験からは、
- ストレス性の胃痛や胃もたれの軽減
- 胃粘膜の炎症やただれを防ぐ働き
- 自律神経や免疫のバランスを通じた間接的な保護作用
といった、胃に対するポジティブな作用が少しずつ明らかになってきています。
もちろん、これだけ飲めば何でも治るという「万能薬」ではありません。
それでも、検査で大きな病気がないと分かった方にとって、
乳酸菌は「胃の不調と上手に付き合うための心強いパートナー」になり得ます。
胃の不快感で悩んでいる方は、
腸内環境と免疫の視点からアプローチしてみる、という新しい選択肢を、ぜひ知っておいていただければと思います。
📝 用語解説
乳酸菌
糖を乳酸に変える善玉菌の総称。腸内環境の改善だけでなく、免疫調整や炎症抑制を通じて胃の不快感軽減に寄与する可能性がある。
整腸剤
乳酸菌やビフィズス菌などを含むOTC/処方薬。腸内フローラのバランスを整え、便通異常の是正に加え、間接的に胃粘膜保護やストレス性胃痛の緩和が期待される。
生菌(プロバイオティクス)
生きたまま投与する有用菌。腸に届く前に胃酸で失活しやすい一方、定着すれば代謝産物で腸内環境を改善する。
死菌(加熱処理乳酸菌/パラプロバイオティクス)
不活化した菌体。大量摂取が容易で、菌体成分がパイエル板を介して免疫を刺激し、抗炎症・粘膜防御を誘導する利点がある。
腸内フローラ(腸内細菌叢)
腸内に共生する細菌群の総体。食事や薬剤、ストレスで変動し、消化吸収・免疫・自律神経機能に広く影響する。
パイエル板
小腸粘膜のリンパ組織。腸内抗原を感知し免疫応答を調節する“司令塔”。乳酸菌(特に死菌)の刺激で抗炎症方向へバランスを整える。
機能性ディスペプシア(機能性胃障害)
潰瘍など器質的異常がないのに、胃痛・胃もたれ等が続く状態。自律神経不均衡やストレス、胃運動異常が関与。
腸—脳—胃軸(脳腸相関の拡張概念)
腸内細菌・免疫・神経内分泌が相互に影響し、脳と消化管の機能を連結するネットワーク。乳酸菌介入がこの軸を介して胃症状を改善し得る。
自律神経
交感・副交感神経から成り、胃酸分泌や胃運動を制御。ストレスで乱れると過剰な酸分泌や運動異常が起き、胃痛・胃もたれの誘因となる。
プラセボ効果
薬理学的有効成分を含まない介入でも、期待や安心感で症状が軽減する現象。乳酸菌研究ではプラセボ対照で有意差を検証する基準となる。