「酪酸菌が大腸がんの原因になると聞いたのですが、本当ですか?」
診察室やコメント欄で、近年特に増えてきた質問です。一見すると不安になる内容ですが、結論から言うと、酪酸菌が大腸がんの原因になるという噂は誤解です。 むしろ酪酸は、大腸の環境を整え、がん細胞の抑制にも関わるとされる大切な成分です。

この噂がどこから生まれ、なぜ誤解が広がってしまったのか。そして酪酸が持つ実際の作用を理解することで、腸の健康に必要な視点が見えてきます。

平島医師
平島医師
酪酸菌が大腸がんの原因と聞いた、という質問、本当に多いですよね。
秋山医師
秋山医師
そうなんですよね。患者さんに“どこで見ました?”と聞いてみると、ほぼネットかSNSなんです。
平島医師
平島医師
ネットの情報は、結論だけが切り取られることが多い。『良いと思われていたものが実は悪いらしい』という話は広まりやすいですから。
秋山医師
秋山医師
でも実際には、酪酸菌が大腸がんを引き起こすという根拠はありません。噂の出どころとなる細菌は別にあるんです。 その菌とは…フソバクテリウム・ヌクレアタムという細菌です。

    噂の出発点となった細菌について

    フソバクテリウム・ヌクレアタムは、口の中に常在する細菌の一つで、特に歯周病がある人の口腔内で増えやすいとされています。この細菌は、唾液と一緒に飲み込まれて大腸まで届き、そこで増殖する場合があります。

    研究では、以下のような作用が報告されています。

    1. 大腸粘膜の細胞に付着し、細胞の遺伝子スイッチを乱すことで、がん化に影響する可能性がある。
    2. 免疫の働きを弱め、がん細胞が排除されにくい環境をつくる。
    3. 腸内の炎症が続きやすい状態をつくり、発がんリスクを上げる可能性がある。

    ここまでは、研究に基づいた話です。

    しかし問題は、この細菌が 酪酸を産生することがある という点だけが取り上げられ、

    「酪酸を作る → 酪酸を作る菌 → 酪酸菌 → 酪酸菌ががんの原因?」

    という 短絡的な誤解が広まってしまったことです。

    本来は、「酪酸を作れる細菌は複数あり、酪酸菌と呼ばれるグループとフソバクテリウム・ヌクレアタムは別の話である」にもかかわらず、途中が省略されてしまったのです。

    フソバクテリウム・ヌクレアタムは口腔常在菌。大腸で増えると炎症や発がん過程に関与しうると報告される。

    酪酸の本来の役割

    酪酸は、人間の大腸にとって非常に重要な成分です。

    • 大腸の上皮細胞が生きるための主要なエネルギー源
    • 腸の動きを促進し、便秘の改善に役立つ
    • 腸の粘膜バリアを保護し、炎症を抑えやすくする

    さらに、余剰の酪酸には がん細胞に対して細胞死を誘導する働きがあります。
    これは「アポトーシス(細胞死)」と呼ばれる仕組みで、細胞が異常化したときに自ら死ぬプロセスを促すものです。

    つまり、酪酸は、

    細胞 → 酪酸の働き

    正常な腸細胞 → 栄養源としての腸の健康を支える

    がん細胞 → 増殖を抑え、細胞死を誘導する方向に働く

    という働き を持ちます。

    この現象は、臨床現場では「酪酸パラドックス」と呼ばれ、非常に特徴的なポイントとされています。

    したがって、

    酪酸そのものが“大腸がんの原因”になるわけではない

    むしろ 腸を守る側 に働く成分であると言えます。

    実生活で大切な点 「口腔ケア」が腸を守る

    噂の元となる細菌が「口」にあることから、腸の健康を考える際には 口腔環境のケアが大切 という視点がとても重要になります。

    • 寝ている間、口の中は乾燥し、細菌が増えやすい
    • 起きてすぐに水を飲むと、その細菌がそのまま大腸へ移動する可能性がある

    そのため、先生たちはこう話しています。

    「起床して最初にする行動は、まず食事より、水より先に。“歯磨き”。」

    また、歯周病治療や定期検診も、大腸がん予防と関係する可能性があるという視点は、多くの人にとって新しい気づきとなります。

    まずは朝起きてからすぐの歯磨きが大事。平島先生も秋山先生も実践している。

    酪酸を増やすための食事の工夫

    酪酸は、腸内細菌が 食物繊維やレジスタントスターチ(難消化性でんぷん) を発酵して作ります。

    特に簡単に取り入れられる方法として、

    • 炊いたごはんを 一度冷ます
    • じゃがいも・さつまいもを 加熱→冷却
    • オートミール・もち麦を日常的に使う

    といった工夫があります。

    「温かいもの→冷ます」ことで、腸内細菌が酪酸を作りやすい形に変わるのです。

    まとめ

    最後に。『酪酸菌が大腸がんの原因』って噂は誤解です。問題は口の中の菌(フソバクテリウム・ヌクレアタム)で、酪酸はむしろ腸のエネルギー源になり、バリアを強め、炎症を抑え、がん細胞にはアポトーシス(細胞死)を促します。だからこそ、朝いちの歯みがきなどの口腔ケア、食物繊維やレジスタントスターチをコツコツ、そして定期検診を習慣に。今日できることから始めて、腸をしっかり守っていきましょう。

    酪酸菌,大腸がん
    【酪酸菌】その説、本当?「酪酸菌はがんの原因?」噂の真相をお腹のプロ、消化器内科の医師が解説 No.568

    余談 クリニックが行っている「患者さんに向き合う工夫」

    対談の終盤では、両院が日頃から実践している取り組みについても語られていました。

    取り組み理由
    診察時に名刺を渡す
    医師がどんな人か分かると、患者が安心して話せる
    名刺の裏にプロフィールを記載“どんな人か”が伝わり、相談がしやすくなる
    検査前後の緊急連絡先を案内
    不安なときに患者さんが一人で悩まなくてよいように
    下剤の量を画一的ではなく“その人に合わせて”調整する便秘傾向、下痢傾向など腸の状態は人によって違うため
    会計や動線がスムーズ「病院=待たされる場所」というストレスを減らすため

    これらは派手ではありませんが、
    患者さんが迷わず、安心して受診できる医療 を目指す工夫です。

    📝 用語解説

    酪酸菌
    腸内で酪酸を産生する善玉菌の総称。腸の健康維持に寄与する。

    酪酸
    短鎖脂肪酸の一種。腸上皮の主要エネルギー源で、抗炎症やバリア強化に関与。

    酪酸パラドックス
    酪酸が正常細胞を養いながら、がん細胞にはアポトーシスを促す現象。

    フソバクテリウム・ヌクレアタム
    口腔常在菌。大腸で増えると炎症や発がん過程に関与しうると報告される。

    腸粘膜バリア
    腸内の異物侵入を防ぐ壁。弱ると炎症や不調の原因になりやすい。

    アポトーシス
    細胞の計画的な自死。異常細胞を排除する生体の仕組み。

    食物繊維
    腸内細菌のエサとなり、発酵で酪酸などの短鎖脂肪酸を生む栄養素。

    レジスタントスターチ
    難消化性でんぷん。加熱後に冷ますと増え、酪酸産生を後押しする。

    口腔ケア
    起床時の歯磨きや定期受診など、口内細菌の過増殖を抑える習慣。

    歯周病
    歯周組織の慢性炎症。関連菌が腸へ到達し、腸内環境に影響しうる。