胃がんは、日本人にとって身近ながんのひとつです。命を落とす方も少なくなく、注意が必要ながんです。
しかし近年の医学の進歩により、胃がんの発生原因や効果的な予防方法が次々と明らかになってきました。
現在では、胃がんは「防げるがん」「早期発見できれば怖くないがん」になりつつあります。
今回は、予防を中心に胃がんについて説明します。
ずばり、その予防の鍵を握っているのが、胃の中に生息する細菌「ピロリ菌(ヘリコバクター・ピロリ菌)」です。
今回は、日本消化器内視鏡学会、日本消化器病学会の専門医の視点から、胃がんとピロリ菌の深い関係、ピロリ菌除菌の重要性、そして「除菌治療が終わった後も定期的な胃カメラ(胃内視鏡検査)が必要な理由」について、分かりやすく解説します。
➀日本人に多い「胃がん」とはどのような病気?
胃がんは、胃の最も内側にある「粘膜」の細胞から発生する悪性腫瘍です。
他のがんと同様に早期から進行がんまで様々なステージがあります。
ここで知っておいていただきたい最も重要な事実は、「初期の胃がんは、ほぼ100%自覚症状がない」ということです。
「胃の調子が悪い」「みぞおちが痛む」「最近食欲がない」「胃もたれが続く」といった症状が出て病院を受診したときには、すでにがんが進行してしまっているケースが少なくありません。
胃がんは早期の段階で発見できれば、お腹を切る外科手術をすることなく、内視鏡治療(胃カメラを使った切除)だけで完治を目指すことが可能です。
早期胃がんの5年生存率は非常に高く、予後は極めて良好です。
つまり、胃がん治療において最も大切なのは、何よりも「症状がないうちの早期発見」なのです。
②胃がんの最大原因「ピロリ菌(ヘリコバクター・ピロリ菌)」の正体とは?
ピロリ菌は、菌という名前がついているように細菌の一種です。
なぜ胃の中に細菌が住み着くのでしょうか?
かつて、胃の中は強い酸性(胃酸)に保たれているため、細菌は生息できないと考えられていました。その常識を覆したのがこのピロリ菌です。
ピロリ菌は「ウレアーゼ」という酵素を出して自分の周囲にアルカリ性のアンモニアを作り出し、胃酸を中和することで、強い酸性環境の中でも生き抜くことができます。
ピロリ菌の主な感染経路は、乳幼児期(概ね5歳未満)における「口から口」への感染(家族からの感染など)や、不衛生な飲料水(井戸水など)の摂取と考えられています。
免疫力が未発達な幼少期に一度感染すると、多くの場合、除菌しない限り生涯にわたって胃の中に住み着き続けます。
③ピロリ菌が胃がんを引き起こすメカニズムとは?
日本の胃がん患者のうち、実に9割以上がピロリ菌の感染者、あるいは過去の感染者であると言われています。
ピロリ菌が胃の中に住み着くと、数十年にわたり胃の粘膜に慢性的な炎症を引き起こします。
この慢性的な炎症が、以下のようなステップで胃の粘膜を徐々に破壊し、胃がんへと変化させていきます。
- ピロリ菌感染:幼少期に感染し、持続的な炎症がスタート。
- 慢性胃炎:胃の粘膜が常に赤く腫れ、炎症を起こした状態。
- 萎縮性胃炎(いしゅくせいいえん):炎症が長引くことで胃の粘膜が薄くなり、老化(萎縮)していく状態。
- 腸上皮化生(ちょうじょうひかせい):繰り返されるダメージから身を守るため、胃の粘膜が「腸の粘膜」に似た組織に変化してしまう状態。これが「前がん病変(がんの一歩手前)」となります。
- 胃がんの発症:腸上皮化生を起こした粘膜から、がん細胞が発生しやすくなります。
このように、胃がんはある日突然できるわけではなく、ピロリ菌による長年の炎症の積み重ねによって引き起こされるのです。
*胃がんのリスクが高い腸上皮化生のある胃粘膜

④若いうちの除菌がベスト?年齢別の除菌効果とメリット
20代・30代など「若年層の除菌」が推奨されています。
近年の研究では、「胃粘膜の萎縮(ダメージ)が進む前の、できるだけ早い段階でピロリ菌を除菌したほうが、将来の胃がん予防効果が圧倒的に高い」ということが分かっています。
胃の粘膜が健康で元気な若いうちにピロリ菌を退治できれば、胃がんの発生リスクを大幅に低下させることができます。
そのため、学校健診や会社の健康診断などでピロリ菌検査を受け、陽性であれば早めに除菌治療を行うことが推奨されています。
保険適応で除菌を行うためには胃内視鏡検査(胃カメラ)を行い、胃がんの有無の検索とピロリ菌感染の証明が必要となります。
⑤50代・60代・70代以降の除菌には意味がないのか?
では、ある程度高齢になってからの除菌は意味がないのでしょうか?
「何歳であっても、ピロリ菌が感染していると分かった時点で除菌する価値はある」というのが答えです。
確かに、50代以上の方はすでに胃粘膜の萎縮(老化)が進んでいることが多く、若い世代に比べると除菌による胃がんの「完全な予防」は難しくなります。
しかし、高齢になってからでも除菌をすることで、以下のメリットが得られます。
* 胃がんの発症リスクを約3〜4割減少させることができる。
* 胃炎の進行を止めることができる。
* 胃潰瘍や十二指腸潰瘍の発症、再発を予防できる。
そのため、年齢を理由に諦める必要はまったくありません。感染が確認されたら、年齢にかかわらず除菌治療を検討しましょう。
⑥「ピロリ菌を除菌したら、もう胃がんにならない」は誤解!
除菌後も胃がんリスクが「ゼロ」にならない理由があります。
外来で患者さんから受ける質問のひとつが、
「ピロリ菌を退治したから、もう一生胃がんの心配はありませんよね?」というものです。
非常に重要なポイントですが、答えは「いいえ、除菌しても胃がんになる可能性は残ります」です。
ピロリ菌を除菌すると、胃の炎症はその時点で止まります。しかし、除菌するまでに何十年もかけて受けてきた「胃粘膜のダメージ(萎縮や腸上皮化生)」は、除菌したからといってきれいな状態に戻るわけではありません。
残っている胃粘膜のダメージ(萎縮や腸上皮化生)から除菌後数年、あるいは10年以上経過してから胃がんが発生することがあるのです。
「除菌後胃がん」に特に注意が必要な方の特徴があります。
以下に該当する方は、ピロリ菌除菌後であっても特に注意深く経過を見ていく必要があります。
- 長期間、ピロリ菌に感染していた方(高齢で除菌した方)
- すでに胃カメラで「萎縮性胃炎が強い」「腸上皮化生がある」と指摘されている方
- 以前に胃がんに罹ったことがある方
「除菌に成功したからもう安心」と過信してしまうことこそが、最も危険です。
*除菌後に発見された早期胃がん

⑦ピロリ菌が「いない(未感染)」のに胃がんになるケースとは?
胃がんの9割以上がピロリ菌感染が原因と前半に記載しました。
ピロリ菌が原因ではない胃がんも存在します。
「ピロリ菌陰性胃がん」にはどのような種類や特徴があるのでしょうか。
ネットの情報を勘違いし「ピロリ菌検査で陰性だったから、私は胃がんとは無縁だ」と思われる方も増えています。
しかし、これは間違いです。実は、ピロリ菌に一度も感染したことがないきれいな胃から発生する「ピロリ菌陰性胃がん」というタイプが存在します。
全体に占める割合は数%程度と非常にまれですが、以下のような特殊な胃がんが知られています。
- 胃底腺型胃がん(いていせんがたいがん):胃酸を分泌する正常な粘膜から発生する、比較的おとなしいがんです。
- 印環細胞がん(いんかんさいぼうがん):細胞の中に粘液が溜まった特殊な形のがんです。
*印環細胞がん(正常粘膜より白っぽい部分が病変です)

・スキルス胃がん:胃の壁を這うように広がり、硬く厚くなっていく胃がんで、初期には粘膜の表面に変化が出にくいため、ピロリ菌未感染であっても発見が難しいケースがあります。
*スキルス胃がん(胃のひだが太くなるのが特徴です)

ピロリ菌陰性だからといって「100%絶対に胃がんにならない」とは言い切れません。
⑧早期胃がんの発見には「胃レントゲン検査」より「胃カメラ(内視鏡)」が有効
胃レントゲン検査と胃カメラ検査の違いを説明します。
胃がん検診の手法として、健康診断などで広く行われている「胃レントゲン検査(胃透視検査)」を思い浮かべる方も多いと思います。
胃レントゲン検査は胃全体の形や変形を捉えるのには適していますが、以下のようなデメリットがあります。
- 粘膜のわずかな色調の変化(赤みや白っぽさ)が分からない。
- 平坦で小さな早期胃がんや、見つけにくい病変を見落とすリスクがある。
- 異常が見つかった場合、結局改めて胃カメラ検査を受ける必要がある。
一方で、胃カメラ検査(胃内視鏡検査)は、内視鏡を胃の中に直接挿入し、ハイビジョン画質で粘膜の表面をリアルタイムに観察します。
胃カメラ検査だからこそ分かることがあります。
胃カメラ検査では、単にがんがあるかどうかを調べるだけでなく、以下のような多くの情報を同時に得ることができます。
- 胃粘膜の細かい色調変化や、数ミリ単位の微小な早期胃がんの発見
- 胃の「萎縮(老化)」がどの程度進んでいるかの評価(胃がんリスク評価)
- ピロリ菌が現在いるかどうかの評価(胃がんリスク評価)
- 疑わしい病変があった場合に組織をつまんで病理検査が可能
現在では、早期胃がんを最も確実に見つけるための最も信頼できる検査は胃カメラ検査であると考えられています。
「胃カメラは苦しい・つらい」というイメージをお持ちの方も多いかもしれません。
うとうと眠っている間に検査が終わる「鎮静剤」を使用した苦痛に配慮した内視鏡検査が普及しています。
当院でも、患者さんができるだけ楽に検査を受けられるよう最大限の配慮を行っています。
⑨私の胃はどれくらいの間隔で検査すべき?適切な「胃カメラの頻度」
胃カメラを受けるべき適切な頻度は、すべての人で一律同じというわけではありません。その方の「胃がんリスク」によって異なります。医師が推奨する一般的な検査間隔の目安は以下の通りです。
- ピロリ菌未感染(陰性)でリスクが低い方→2年に1回(胃がんリスクは極めて低いですが、まれな「ピロリ菌陰性胃がん」や他の胃疾患のチェックのために定期観察を推奨します)
- ピロリ菌除菌後の方、萎縮性胃炎・腸上皮化生が強い方→1年に1回(胃の炎症はおさまっているが、過去のダメージから「除菌後胃がん」が発生するリスクがあるため、定期的な監視が必要です)
ただし、これらはあくまで目安です。年齢、胃がんの家族歴、前回の検査時の詳細な所見によって最適な間隔は変わりますので、必ず主治医の指示に従ってください。
⑩まとめ
最後に、今回お伝えした重要なポイントを振り返ります。
ピロリ菌は日本の胃がんの最大原因であり、長年の炎症ががんの原因となります。
若いうちの除菌ほど高い予防効果を発揮しますが、高齢になってからの除菌も十分に有益です。
除菌に成功しても胃がんリスクはゼロにはならないため、「除菌後こそ胃カメラ」が鉄則です。
まれですが、ピロリ菌に感染していなくても発生する胃がんもあります。
わずかな異変や早期胃がんを捉えるには、「胃レントゲン検査よりも胃カメラ検査が有効」です。
胃がんは、早期に発見すれば、決して命を脅かす怖い病気ではありません。
過去にピロリ菌を指摘されたことがある方、除菌成功後にしばらく胃カメラを受けていない方、または40歳を過ぎて一度も胃カメラを受けたことがない方は、ご自身の健康と将来の安心のために、ぜひ一度胃カメラ検査をご検討ください。